序章:イントロダクション
「英語の歌は、なんとなく響きがかっこいい。でも自分が歌うと、どうも“英語っぽく”ならない……」
そう感じたことがある方は多いのではないでしょうか。実はその原因の多くは、「母音の発音」と「舌の使い方」にあります。
英語は、日本語と比べて母音の種類が圧倒的に多く、その響きや口の形、そして舌の位置が繊細に変化します。アメリカのボーカルトレーニングでは、音程よりもまず**「母音を正しく鳴らすこと」**が重要とされており、実際に有名なボーカルスクールやコーチたちは「響く母音が、あなたの声そのものを作る」とまで言い切ります(New York Vocal Coachingより)。
一方、日本人が英語を歌うときに陥りやすいのが、日本語の母音(あ・い・う・え・お)で全てをカバーしようとする傾向です。たとえば「love」を「ラブ」と発音してしまうと、英語圏の人には不自然に響き、さらに歌としても言葉が浮いてしまいます。そこに輪をかけて起きるのが、舌の緊張や間違ったポジションです。英語の歌では、実はこの「舌のポジショニング」が、音程や声の通りにも大きく影響するのです。
このブログ記事では、英語の歌唱における「母音」と「舌」の関係について、科学的な根拠と実践的な練習方法の両面から解説します。そして「なぜそれが大切なのか」「なぜ日本人に難しいのか」という背景を丁寧に紐解きながら、今日から使える具体的なトレーニングメニューも紹介していきます。
音楽を始めてみたい方、久しぶりに歌ってみようかなと考えている方にこそ、「声が変わる楽しさ」「言葉が音楽になる感覚」を感じていただけるような内容にしています。
1. 英語の歌における「母音」の重要性

1-1. 英語母音の特徴と日本語との違い
日本語には基本的に「あ・い・う・え・お」の5つの母音しかありませんが、英語には少なくとも14~20種類の母音が存在します(アメリカ英語の場合)。しかも、その一つひとつが微妙に異なる「口の開き」「舌の位置」「唇の丸め方」などによって決まるため、同じ“あ”に聞こえても、実際には英語ネイティブにとってまったく別の音として認識されます。
たとえば、以下のような違いがあります:
| 単語 | IPA記号 | 音の種類 | 日本人が間違えやすい発音例 |
|---|---|---|---|
| bit(少し) | /ɪ/ | 短くて狭い「イ」 | 「ビート」のように長く発音 |
| beat(打つ) | /iː/ | 長くて明るい「イ」 | 正しく発音できないと混同する |
| bat(コウモリ) | /æ/ | 平たく開いた「ア」 | 「バット」と濁らせすぎる |
| but(しかし) | /ʌ/ | 中央に寄せた曖昧母音 | 「バット」と混同されがち |
つまり、「英語を歌う」とは、「日本語には存在しない母音をコントロールして、響きとして再現する」ことなのです。
この発音の違いは、歌の表現力にも直結します。
🔍**参考:New York Vocal Coaching(2024)**では、正しい英語母音を歌で再現できるようになると、「声の響きが豊かになる」「母音で感情が伝わる」「高音が出やすくなる」など、技術面・表現面の両方において劇的な改善が見られると報告されています。
1-2. 歌唱時に避けたい「日本語っぽい発音」
日本語は、すべての音が比較的はっきりと区切られ、母音が常に一定の形で発音されます。これは日常会話においては明瞭さの元になりますが、英語の歌唱においては「硬さ」や「不自然さ」の原因となります。
よくあるNG例をいくつか紹介します:
- [NG]「love」を「ラブ」と言ってしまう → 舌を奥に引いて曖昧な /ʌ/ を出さないとネイティブの“love”には聞こえません。
- [NG]「can’t」を「キャント」と発音 → アメリカ英語では “æ” を使い「キャァント」に近い音。
- [NG]「me」を「ミー」と長く伸ばす → 実際には短くて軽やかな/iː/音が好ましい。
これらは単なる「発音ミス」ではなく、声の響き自体が不自然になる原因になります。特に合唱やコーラス、ゴスペルでは、母音の響きがバラバラだと全体が不安定な印象になりやすく、個人練習の段階でこの“母音の調整”が非常に重要になります。
1-3. ボーカルに適した母音の響かせ方
アメリカやイギリスのプロのボーカルコーチたちは、英語の歌を教える際、「母音で歌う」ことを何度も繰り返し指導します。具体的には、以下のようなテクニックが推奨されています。
✔ 母音を「支える」ことに集中する
多くの名ボーカリストが共通して言うのは、「英語の歌は子音でなく、母音で支える」という考え方です。
たとえば、”love” という単語を歌うとき、**“l”や“v”といった子音を軽く流し、その間にある“ʌ”**の響きを中心にコントロールすることで、滑らかで自然な歌唱が実現します。
✔ 母音トーンを明確にする練習
Justin Stoney(NYVC創設者)は、「一つの母音だけを使ってスケールを歌う練習」を勧めています。例えば、/æ/ の音だけを使って「ア、ア、ア、ア」と音階を歌い、母音ごとの共鳴の仕方を体感します。これは母音の響きを明確にし、舌や口の形を自然に整える効果があります。
✔ 舌と口のフォームを鏡で確認する
自分の舌の位置が本当に正しいかを確認することは非常に大切です。プロの歌手も日常的に鏡を使って舌の位置や口の形をチェックし、自分の声がどのように響いているかを分析しています。
2. 舌のポジションが歌声を変える理由

2-1. 舌の位置が音色に与える影響
歌声における“音色(トーン)”は、喉や声帯だけではなく、舌のポジションによっても大きく左右されます。とくに英語の歌唱では、舌が「声の共鳴空間=声道」の形状を変えることで、声の抜け方や響きの質に直結します。
たとえば、舌を少し前方に出して口腔内のスペースを広げると、明るく、クリアで高音が通りやすい声になります。一方で、舌が奥に引っ込んでいると、声がくぐもり、音が重く鈍くなる傾向があります。
🔬科学的根拠:
Estill Voice Training(エスティル・ボイストレーニング)によると、舌の先が下歯の裏に軽く触れる“ニュートラルポジション”が、母音発声時の最も共鳴しやすい形とされています。これは英語の歌唱における「開かれた響き」に非常に有効です(Estill公式マニュアル2024より)。
実際に、アメリカのプロボーカルトレーナーは「舌を上げすぎると、共鳴腔が狭くなり、声がこもる」「下げすぎると力が入りやすく、ピッチの精度が落ちる」と指摘しています(参照:The Vocalist Studio, TVS)。
2-2. 舌の緊張が引き起こす発声トラブル
初心者が英語の歌を練習する中で特に注意すべきなのが、舌の過度な緊張です。緊張した舌は無意識に上がったり、奥に引っ込んだりしやすく、次のような問題を引き起こします。
❌ 舌の緊張が引き起こす代表的な問題:
- 母音が不自然に響く(特に /æ/, /ʌ/, /ɜː/ など)
- 高音になると喉が締まってしまう
- 喉に力が入り、声がかすれる
- 音程が不安定になる
この舌の緊張は「歌っている最中に感じにくい」という点が問題で、無意識のうちに悪習慣として定着してしまうケースも多くあります。
🔍対策としては、以下のようなトレーニングが有効です:
- 舌を意識的にストレッチ(舌を出す・回すなど)する前のウォームアップ
- ハミング(mやngの音)を使って共鳴位置を確認
- 鏡を見ながら母音をゆっくり発音して、舌の動きを視覚化
2-3. 理想的な舌のポジションとそのトレーニング
英語歌唱で求められる「理想的な舌のポジション」は、柔軟でコントロールされた動きができる状態です。固定された“正しい位置”があるわけではありませんが、以下のような基準が広く推奨されています。
✅ 英語歌唱に適した舌の基本ポジション
- 舌先は常に下前歯の裏に軽く触れる
- 舌の中央はやや平らまたは下げ気味に保つ(特に /ʌ/, /ɑː/ の音で)
- 奥舌(舌の後方)は緊張させず、喉の奥をふさがないように
このポジションを定着させるためのトレーニングとして、ニューヨークのボーカルコーチが推奨する「舌トレ」があります。
🎵 舌トレ:英語母音と舌の連動練習(毎日5分)
- 舌を思い切り出して10秒キープ
→ 舌の筋肉をストレッチし、過緊張を防ぎます - “La-la-la…” をゆっくり発音しながら鏡で舌の動きを観察
→ 舌が前後に動かず、音に乗っているか確認 - 各母音でスケール練習(例:/æ/, /iː/, /ʌ/)
→ それぞれの母音に対して、舌の位置を体に覚えさせます - ハミング→母音に変化させる練習(例:“mmm” → “aah”)
→ 喉の開き方と舌の動きを連動させ、自然な移行を習得
英語の歌は、発音だけでなく、「どこで響かせるか」「どんな音色で伝えるか」が命です。舌のポジションは、その響きの設計図ともいえる重要な要素。正しくトレーニングすれば、歌声のクオリティが一段も二段も上がります。
3. 実践!英語の発音と舌を同時に鍛える練習法
英語の歌唱力を伸ばすためには、理論を知るだけでなく、実際に体で覚える反復練習が欠かせません。ここでは、アメリカの現役ボーカルコーチが実践しているトレーニングメソッドをもとに、「発音」「舌の動き」「母音の響き」を同時に鍛える具体的な練習法をご紹介します。
3-1. アメリカ式ボーカルウォームアップ

アメリカのプロ歌手やミュージカル俳優が採用しているボーカルウォームアップには、「英語発音の準備」に特化したエクササイズが含まれています。
🎤 ウォームアップ1:リップロール(Lip Trill)
「唇をブルブルと震わせる練習」で、喉を締めずに息の流れを意識する方法。母音の響きを整える前段階として、喉と舌をリラックスさせます。
- やり方:唇を閉じ、息だけで「ブルルルル」と音を出しながら、スケール(ドレミファソファミレド)を上昇・下降。
- 目的:舌の緊張を解き、自然な発声ポジションに整える。
🎤 ウォームアップ2:“Ng”サウンドのハミング
英語では鼻腔共鳴(nasal resonance)を効果的に使うために、「ng(ング)」の音が活用されます。
- やり方:単語「sing」の語尾のような「ng」を出し、そのまま音階を歌う。
- ポイント:舌の後ろ側をやや上げ、口腔と鼻腔の共鳴を感じること。
- 効果:舌の奥の位置と共鳴の連動が鍛えられ、英語特有の響きを実現。
🎤 ウォームアップ3:ストレッチ母音スケール
特定の母音(例:/æ/, /ʌ/, /iː/)を意識的に響かせながら音階を歌う練習。
- やり方:ピアノやチューナーを使い、5音階(ドレミファソ)を1つの母音で歌う。
- 例:/æ/だけで「ア ア ア ア ア」、次に /iː/だけで「イ イ イ イ イ」など。
- 目的:舌と口の形を固定しながら、響きだけを変えていくことで、母音発声の安定感が身につく。
3-2. 母音別トレーニングで響きを強化する
英語の歌唱に必要な**“母音の個性”を引き出す**ためには、それぞれの母音に合わせた舌の位置と口の形を理解し、練習する必要があります。
🗣️ 練習法:母音マッピングとミラー発音
- 鏡を用意して、自分の口の動きを観察
- 発音する母音ごとに、「舌の先の位置」「舌の高さ」「口の開き方」を記録
- 同じ発音を、ネイティブの音源と聴き比べ
| 母音 | 舌の位置 | 響きの特徴 | 練習時の注意点 |
|---|---|---|---|
| /æ/ | 舌を前に・低め | 明るく、浅めの響き | 舌を平らにし、口を大きく開ける |
| /ʌ/ | 舌は中央・やや高め | 曖昧で落ち着いた響き | 唇は自然、舌を緊張させないこと |
| /iː/ | 舌を前に・高め | 明るく、強く響く | 舌を上げすぎず、自然なスマイル型で発音 |
| /ɑː/ | 舌を奥に・低く | 深く、太い響き | 顎をリラックスさせ、深い呼吸で支える |
3-3. 英語の歌詞を美しく歌うための発音エクササイズ
最後に、実際の歌詞を使ったトレーニングをご紹介します。これは「口先だけの発音」ではなく、舌の動きと母音の共鳴を連動させる練習です。
🎶 エクササイズ:スローモーション発音トレーニング
- 短い英語の歌詞を選ぶ(例:”I will always love you”)
- 各単語の母音を分解して、スローモーションで発音(例:”I” → /aɪ/, “will” → /wɪl/)
- 舌の位置・響き・口の開きを丁寧に確認
- ゆっくりと歌い、録音してチェック → 少しずつテンポを戻す
この練習は、母音が持つメロディとの一体感を高めるのに最適です。
また、歌詞から子音を取り除いて母音だけを歌うという練習も、舌の動きと響きの統一感を養うのに効果的です(例:”I will always love you” → “aɪ ɪl ɔːeɪz ʌv juː”)。
🔁繰り返しが上達の鍵
アメリカのボーカルスクールでは、「歌が上手くなる人は、母音と舌の練習を習慣にしている」とよく言われます。毎日たった10分でも、正しい方法で継続することで、声が明らかに変わります。
4. まとめ
英語の歌を自然に、美しく歌い上げるために不可欠なのが、母音の響きと舌の使い方の理解とトレーニングです。日本語とは根本的に異なる英語の音の仕組みを知ることで、歌唱力だけでなく、表現力までも大きく高めることが可能になります。
🧠 今日のポイントをおさらいすると:
✅ 英語の母音は種類が多く、響きで感情を伝える
- 日本語の5母音に対して、英語は少なくとも14種類以上。
- 響きの微妙な違いを意識することで、歌声がネイティブに近づく。
✅ 舌のポジションが声の響きと安定感を左右する
- 舌の緊張が音程や声量に悪影響を及ぼす。
- 適切な位置に舌を置くことで、声が「開く」ようになり、抜け感が出る。
✅ 練習法を取り入れることで「声の質」が変わる
- 母音別のトレーニングで響きを強化。
- 舌の筋肉をほぐし、正確な発音を体に覚えさせる。
- 発音の“視覚化”や録音チェックを通じて客観的に改善。
🎶 英語の歌は「口の中の楽器」を鳴らす感覚で
日本人が英語の歌をうまく歌えない原因は、「英語が苦手だから」ではありません。むしろ、日本語話者としての習慣が、口や舌の動きを固定させてしまっているからです。
その殻を破る鍵は、口の中を「音の共鳴空間」として意識することにあります。母音ごとに響きが変わり、舌の位置で音色が変わり、まるで楽器のように音が鳴る――その感覚をつかむことが、英語で歌う醍醐味なのです。
🌟 これから始めるあなたへ:小さな変化が大きな進化に
英語の歌を歌ってみたいけれど、「難しそう」「発音に自信がない」と感じている方へ。安心してください。最初は誰もが戸惑います。でも、小さな練習の積み重ねが、確実に大きな進化に繋がります。
例えば今日ご紹介した舌のトレーニングや母音スケール練習を、1日10分からで構いません。1ヶ月後には、明らかに声の響きが変わっていることに気づくはずです。
そして何より、「声で英語を表現する」という経験は、音楽の楽しさを再発見する大きなきっかけになります。
🔚 終わりに
英語の歌唱は、語学ではなく“音楽”です。だからこそ、発音の精度や舌の動きといった「身体的なスキル」こそが、最大のカギになります。
今日からの練習で、「あなたの声そのもの」が変わり始めます。
その一歩を、ぜひ楽しく踏み出してください。
📚 参照元・参考資料:
- VoiceScienceWorks.org – “Vowels and Tongue Position in Singing”
- Estill Voice Training (2024 Edition)
- New York Vocal Coaching – “American Vowels for Singers”
- The Vocalist Studio – Vocal Training Blog & Courses
- Justin Stoney (YouTube) – “How to Sing English Vowels Correctly”

